光=視点として考えてみよう。
見えている世界=写真と思おう。
写真は、客観的なスクリーン。
モノに対して光の位置を変えるだけで
見える世界が変わることを「写真」を通して実感できる。
まさに「群盲、像をなでる」の理。
(盲の方を差別しているわけではありません。盲の代わりの言葉を見つけるとしたら何だろう。
見えている=自分で思い込んでいる世界に囚われている。固定観念に捕らわれている)
チェンジとか、破壊とか捕らわれた自分を解放するキーワードを探している。
「光」はそういう意味では「目」=自分の物差し。
「物差し」は、どう作られてきたか。
考える方法とか考える指針とか。
凡人には限界があるから、他人と議論を尽くさないとわからない。